特集 変化する創作の担い手
特集変化する創作の担い手
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プ口とアマチュア
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インターネットの動画共有サイトが登場する2005 年以前、動画映像は、劇場のスクリーンか、家庭の テレビモニターで、視聴するもので、あった。また、そこ に映し出される映像は、技術を積んだプロが手掛け た映像作品で、あった。
8ミリフィルムやホームビ、テーオの機材を使って個人 で映像制作を手掛け、上映会を開催して作品を発 表する作り手も存在した。彼らはアマチュア作家と 呼ばれ、観客も同好者がほとんどで、作品が広く一 般に知られるチャンスは無かった。そもそも、8ミリや ホームビデオが商業映画やテレビで扱うのには適し ていない低い画質のフォーマットで、あったので、作品 の内容に関わらず、プロ作品と同じ土俵にアマチュ ア作品を乗せることができなかった。すなわち‘商品' にならなかったのである。
アマチュア用映像機材は、プロ用機材の基本技 術を民生用に応用し、小型軽量化した製品で、あ る程度はプロと同様の技術を身に付けなければ撮 影は成功しなかった。アマチュア作家は専門雑誌に 掲載されるプロが執筆した技術マニュアルを熱心に 読み、撮影の練習を重ねる事でその技術を習得し ていた。技術だけでなく、作品の内容や演出に関し てもプロの作り方がお手本とされた。
もしアマチュア作家が、自分の作品を同好者だけ に見せることに満足できなくなり、広く世の中に問う 作品を作ろうと考えた場合には、8ミリやホームビデオ を使うのではなく、プロ用の機材を用意し、それを使 いこなす技術を身に付けて作品を制作し、既存の 映画配給や放送、パッケージソフト販売といった映 像の商業システムに作品を乗せることが必要で、あっ た。そのためには多くの資金を集めることや事務手 続き、宣伝などの作業も行なうことが必要で、これは もはや趣味の領域で、はなく、プロの世界に足を踏み
イ半ってアマチュアを対象として設計された編集用ソフ トウェアをフ。ロが使うようになり、映画やテレビ番組の 編集をするプロ機材として、パソコンが当り前に用い られるようになっていった。
写真1: プロが活用したデジタルビデオカメラDCR-VX1000
デジタルビデオカメラと編集用ソフトウェアの発達 は、フ。ロとアマチュアが使う映像機材の違いを無くし てしまったのだ。さらにメモリーカードに動画映像が 記録できるようになり、ビデオテープを収納する部分 が必要ないビデオカメラは、どんどん小型化されて いった。
スマー卜フォンが変えた映像制作
最近では、アマチュアが映像を撮影する機材は、
デジタルピデオカメラ以外に、スマートフォンが多く使
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写真2・ スマホを三脚に取付けて動画を撮影する
スマートフォン(以下スマホ)は、電話やメールなど の携帯電話の機能、ネットへのアクセス、音楽や映 像再生など従来のコンピュータが担っていた役割を 小さな板状の入れ物に詰め込んだ、ハードウェアで、あ る。安価で、(または無料の)様々なアプリケーション・
ソフトが提供され、それをインストールすることによっ て、プロで、はない誰もが簡単に写真や映像を撮っ たり、音楽を作ったりでき、またそれらを加工し編集 して作品化できる。とくに シェアが高 いアップルの iPhoneは、現在もCMやネットの広告で、iPhone ほかアッフ。jレ製品を使って若者たちが楽しく自身の 生活の場で、それぞれの創作活動を行なっている様
子を描いて、若者たちの購買意欲を高めている。
アッフ。ルは、2001 年に携帯音楽プレーヤー iPod を発売。それまでの携帯プレーヤーはカセットテーフ。
やMDなどの録音されたメディア(記録媒体)を本 体に入れ換えて再生するという形で、あった。それに 対してiPodは、本体に内蔵したハードディスクやメ モリーに パソコンの専用ソフトを介してデータをコピー し、それを持ち歩くというスタイルが提案された製品 だ、った。このコンセプトは若者たちに歓迎され、既存 のMDウオークマンなどのシェアを奪っていった。動 画映像の再生ができる第ぅ世代iPod(2005 年)か ら、映像も同様に 持ち歩いて楽しめる形になった。
これは、以下に述べる動画共有サイトの普及とも相 まって、家庭にあるテレビ以外で動画映像を視聴す るとし、うスタイルを促進した。
iPodに携帯電話の機能とネットへのアクセスがで、
きる情報端末の機能を加えた iPhoneは2007 年に 発売された。大型の液晶タッチパネルが本体に配さ れ、それが表示画面で、あるとともに操作のスイッチや ボタンになっているという斬新なデザイン。これを後 に他社も真似ることで、スマホ=板状のタッチパネル 液晶というハードウェアの形が定着した(写真3)。
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写真3・各社のスマートフォン
iPhone3GS (2009)にはカメラと動画撮影機能 が搭載され、さらに パソコンにバンドルしていた動 画 編 集 ソフトiMovieを簡略化 し たiPhone用 の iMovieが2010 年に発売された。2011 年発売の iPhone4sでは、フルハイピジ‘ヨンサイズでの高画質 な動画撮影が可能となり、競って日本の家電会社 が発売したスマホにも動画撮影機能を充実させた 機種が多く登場した。民生用ビデオカメラとほとんど 変わらない高画質な映像が撮影でき、パソコンを使 わずにスマホ本体で、編集がで、きることで、個人の動 画映像制作はスマホでまかなえる時代が到来するこ ととなった。またすぐにスマホからインターネットの動
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人々に公開で、きるようになった。
iPodのどこでも映像を見て個人で楽しめるという コンセプトは、iPhoneでどこでも映像を制作でき、
共有できるというコンセプトに発展した。スマホを毎 日持ち歩いているという事は、いまや個人でハイビ ジ、ヨン・カメラと中継車と編集スタジオと放送局の環 境を携帯しているようなものであり、誰もが映像の作 り手、送り手になってしまえる時代となったのだ。
動画共有サイ卜が新しい映像の文法を 生み出す
1990 年代に発達したインターネットは、さまざまな 分野で個人の創作活動を促進した。
画質を 落とさずに動画映像をネットに流すこと ができるようになったブロードバンド、のネット環境と、
ソーシャjレ・ ネッワーキング・サーピス(以下SNS)、
YOllTlIbeなどの動画共有サイトの普及は、映像を 作るだけでなく見せる機会を拡大した。
2005 年に開始されたYOllTlIbeは、会員登録を すれば誰でも動画を投稿できる(注2)。動画は世界 中で共有されるので、面白い動画には数百万人も の視聴者が生まれるとし、うようなことも起こる。
DVD化して配布したり、上映会を開くといったこ としかで、きなかった時代と比較して、撮ってすぐにサ イトにアッフ。して共有できるというスピードは画期的で、
ある。さらにその費用がほとんど掛からないという点 も重要だ。お小遣いの範囲で映像制作と公聞がで きるという状況は、とくに若い人たちゃ学生にとって は映像制作の強い味方となる。
スマホを使って投稿される作品のほとんと守は、従 来のテレビ番組ではコンテンツとも言えないような「映 像の断片」である。それらは日常のある発見で、あっ たり、思いつきで、あったり、感情で、あったりするものが 映像の断片となって表わされた物なのだが、サイト
てYouTubeにリンクさせれば、それを見た友人は
「ああ、かわいいね」と、それ だけに反応し共感す るだけであるが、なにか コメントしたければ、「なん て名前の猫ちゃんけと書き込めばいい。さらに作り 手からの反応「三毛ちゃんだよ」があれば、そこでコ ミュニケーションが成立する。さらに書き込まれたコ メントとともにその映像を別の他人が見ることで共感 が広がって行き、また別の他人がシェアすることで、
サイト上にどんどんコメントも広がっていくのである。
YouTube上にもコメントを書き込むことができるの で、見知らぬ他人の反応を作り手が知る事もできる。
テレビでは、「何という名前の猫で、誰に飼われて いて、かわいいと思った人は誰で、どういう仕草がか わいいのか」という情報をあらかじめ送り手が揃えな ければならないし、さらに画面だけで伝わらないなら 文字や音声を使ってで、も、情報を伝えないとテレビの コンテンツとして成立しない。実際に最近で、はネット に投稿された動画をピックアップPして紹介するテレビ 番組があるが、以上のような情報をテロッフ。やナレー ションで加えて再編集して放映している。
動画共有サイトは、作り手と受け手とが既存のテ レビを見る面白さとは異なる映像の面白さを次第に 発見することで、発展していったとも言える。投稿者 が見せたいと思っている事柄だけが映像で、ちゃん と伝わることにのみ、撮影技術が発揮できれば良い し、それで伝われば、映像を介したコミュニケーショ ンが即座に成立する。従来のテレビなどの文法や 演出は逆にそぐわず、短時間で内容が伝わるような
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ような状況が生まれるのであろうか。
おそらくスマホなと守の小さなテゃイスフ。レイに適した 効果的な演出が研究され、個人が手掛けたアマ チュア映像が商業的な存在となって利益を産むよう な、テレビ放送とは異なるネットで、の商業メディアのシ ステムが生まれてくることが予想される。
例えば、同人誌販売のイベント「コミックマーケッ トjの発達によって、商業誌に連載せずに漫画雑誌 を個人で販売することで生計を立てている漫画家 が存在するようになったが、それと同じような、最初 から映画やテレビとは違う土俵で活躍しようという映 像作家の存在も考えられる。それはある意味、従来 のプロとは違うプロの映像の作り手の登場である。
今後の映像教育の方向
では、大学等の教育機関での映像の専門教育 は、今後 はどのような内容や展開が求められていく のであろうか(注3)。
誰でも作り手になれる時代だからこそ、従来の映 画・映像学科を擁する大学では、マスメディアに特 化した映像の専門的なa技術'教育がもっと植われ、
映像制作のスペシャリストとなる人材の育成が強化 されることが考えられる。
一方、これだ、け身近な存在となった映像をとεのよ うに日常で生かし、生活を豊かなものにしていくの かという視点が社会で、は大切になってくると思う。そ うなると、映像制作だけを手掛ける専門家だけでな
く、他の表現と関連させた制作活動や、新しい映像 の使い方の提案などを自らが積極的に行なっていく ような専門家も必要になるであろう。
作り手が発信者として独自の制作基盤を固めて いくフ。ロテ守ユース力や企画力を発揮で、きること、社会 の中で個人個人が映像を有効に活用していく環境 の構築ができること、このような目標を掲げた映像 の専門的な‘実用'教育が、今後の教育では重要に なってし、くのではないだろうか。
しかし、先に述べたような新しい映像のプロの存 在が予感されたとしても、実際の社会ではまだそのよ うなプロは存在しないので、具体的な就職先がある 訳ではない。
現在の映像業界は構造自体が揺らぐほどの大き な変化はまだ、起きてはいないが、確実にデジタル化 での制作体制の変化は生じてきている。
デジタル化でパソコンが主要な機材となり、従来 は専門会社に外注していたCGアニメーション制作 や編集も社内で行ない、さらに納品する完成品の 仕上げまでを社内制作できるような休制作りが進み、
小規模な会社でも大きな仕事を受注することができ るようになった(写真4)。
小規模のスタジオでは、高性能のパソコン1台で、テレビ番組 やビデオソフト作品が作られている
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写真5・デジタJレシネマカ メラでのドラマ撮影
未来に視野を拡げた映像の教育
こうなると、撮影や編集そしてCGまで広く制作 技術を持ち、とりわけ撮影が得意、編集が上手い、
CGなら負けないというスタッフを揃えることが業界で、
の生き残り策になってくる。実際に特定のスキルより も複数のスキルを身につけた人材を制作会社が求 める時代になってきている現在で、は、様々な制作体 制に適応できる人材の育成が専門教育ではますま す重要になってきている(写真5)。
さらに一歩進んで、新しい形の映像制作会社を 起業するようなフ。ロジ、エクトまでを含め、未来に活躍 できる新しい人材育成を視野に入れた映像の専門 教育を掲げるならば、ここ数年のデジタル映像機材 の発達や新しい映像メディアの動向を脱みつつ、慎 重に実習授業を構成していく必要があるだろう。そ れが成功すれば、新しい映像のプロを教育機関か ら生み出す事ができるに違いない。
i主1 :
日本では映画産業が衰退した1970年代中頃から、映画会社は映画 監督や技術職の募集を中止して、映画を配給するだけの組織となっ た。映画制作を志す多くの若い人たちは、自分たちで自主制作映画 を作ることで映画界に入って行こうと考えた。映画館の館主が資金を 提供したり、情報誌「ぴあJがコンテストを行い、グランプリ作家に商 業作品を制作させるなど、若者に商業映画を作るチャンスを与える動 きが盛んになったことも追い風となって、1970年代後半から80年代 にかけて、自主制作を経て、商業映画の現場に入る監管が増加した。
しかしこのような映画の状況は、既存の制作システムの中にアマチュ アが入り込んで行くことで映画従来のシステムは活性化したものの、
映画の表現を全く変えてしまったということではない。
j主2:
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注3